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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)63号 判決

埼玉県入間郡大井町亀久保七五六番地

原告

藤沢武彦

右訴訟代理人弁理士

広瀬文彦

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人通商産業技官

森田ひとみ

今井勲

加藤公清

同通商産業事務官

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六一年審判第一三七八七号事件について平成二年一二月二七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五九年五月二日、特許庁に対し、名称を「野菜・果実入り煎餅」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五九年特許願第八七七五二号)をしたが、昭和六一年四月一四日、拒絶査定を受けたので、同年六月二七日、審判を請求し、同年審判第一三七八七号事件として審理されたが、平成二年一二月二七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成三年二月二七日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

野菜・果実等の粉と穀物等の粉とを煉り合わせ、外形を成形して煎餅焼き加工したことを特徴とする野菜・果実入り煎餅

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  一方、昭和五七年特許出願公告第五九七三二号公報(以下「引用例」という。)には、「本発明で言う焼菓子は、せんべい、おかき、ウエハース、クラツカー、ビスケツト、クツキー、ラングドシヤなどの変形の生じ易い焼菓子全般を指す。

この種、焼菓子は、一般に小麦粉、米粉などの穀粉、澱粉などを主原料にして油脂、鶏卵、調味料、香料、着色料などの副原料と水とを適宜混合し、これを煉り合わせて生地を調整し、次いでその生地を所望の形状に成形して焼き上げることにより製造されている。」(第一欄第三三行ないし第二欄第五行)及び「更に、本発明においては、生地にプルランを含有せしめたことにより、その生地の成形加工が容易となつて、従来焼菓子の主原料としては使用困難であつた素材、例えば胚芽、白糠、清酒粕、大豆、ピーナツツ、ゴマ、カカオなどのナツツ類、またはそれらの脱脂粕、とうふ粕(おから)、野菜パルプ、果実パルプ、肉類、魚介類、海草類、或いは骨類、貝殻類、カニ、シヤコ、エビなどの殻類、卵殻などの粉砕物などを単独に、更には適宜配合して自由に使用できることを見出したのである。」(第二欄第二四行ないし第三四行)ことが記載されている。

そこで、本願発明と引用例記載の発明を対比検討すると、両者は、野菜又は果実原料を加工して得られる食品素材と穀物の粉とを煉り合わせ、外形を成形して焼き加工してなる煎餅である点で一致し、前記食品素材が、前者は、野菜又は果実等の粉であるのに対し、後者は、野菜又は果実のパルプの粉砕物である点で相違する。

よつて、前記相違点について検討するに、煎餅原料に各種食品材料の粉砕物を配合して、それら材料の有する風味、栄養等を煎餅に付与することは、エビ煎餅、ピーナツツ煎餅等を挙げるまでもなく周知であり、また、野菜又は果実のパルプの粉砕物と野菜又は果実の粉とは、共に野菜又は果実本来の風味、栄養等を有する食品素材であることから、煎餅に野菜又は果実の風味、栄養等を付与する目的で、野菜又は果実のパルプの粉砕物に代えて野菜又は果実等の粉を使用することは当業者が容易に実施できることである。

そして、前記相違点を勘案するに、本願発明は、格別の効果を奏するものとは認められない。

したがつて、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

本願発明の要旨、引用例の記載内容、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点についての審決の認定は認めるが、相違点に対する審決の判断は争う。

審決は、相違点に対する判断を誤り、もつて、本願発明の進歩性を誤つて否定したもので、違法であるから、取消しを免れない。

1  審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点に対する判断において、野菜又は果実のパルプの粉砕物と野菜又は果実の粉とは、共に野菜又は果実を原料とし、程度の差はあれ野菜又は果実本来の風味、栄養等を有する食品材料であることから、煎餅に野菜又は果実の風味、栄養等を付与する目的で、野菜又は果実のパルプの粉砕物に代えて野菜又は果実の粉を使用することは当業者が容易に実施できることであると判断している。

しかし、引用例記載の発明は、プルランを含有させて焼菓子の変形を防止する方法の発明であり、本願発明とは目的を異にするものであるのみならず、引用例記載の発明において用いることができるとされている野菜又は果実のパルプは、ジュース等を搾り取つた後の滓に該当し、薄皮、甘皮、表皮、野菜芯、果実芯と表現されるものであつて、いわゆる産業廃棄物として従来処理されていたものである。パルプの名称が示すとおり、その本質はセルロース(繊維)を主体とする残骸であり、野菜又は果実の風味や栄養を有しない。

引用例記載の発明における野菜又は果実のパルプが野菜又は果実の滓であることは、審決も認定しているとおり、引用例に「胚芽、白糠、清酒粕、大豆、ピーナツツ、ゴマ、カカオなどのナツツ類、またはそれらの脱脂粕、とうふ粕(おから)、野菜パルプ、果実パルプ」と食品の滓の中に列挙されていることからも明らかである。

一方、本願発明は野菜又は果実そのものを原料とした煎餅である。

本願発明で用いる野菜又は果実の粉は、従来煎餅の原料としては不適当として使用されていなかつた野菜又は果実そのものを使用するために、粉末加工したものであつて、野菜又は果実のパルプの粉砕物とは全く異なる。

野菜又は果実を粉末加工する方法としては、野菜又は果実を瞬間的に凍結乾燥させた後に砕く方法がある。本願発明はこの技術の上に立つものであり、野菜又は果実自体を瞬間冷凍、乾燥させて砕いて粉末とするため、水分の含有の多少に左右されることなく、穀物粉と混入、煉成して野菜又は果実の本来の風味を損なうことのない煎餅を提供できるという優れた効果がある。

本願発明は、野菜又は果実を瞬間的に冷凍乾燥した後に粉砕する技術の普及によつて初めて可能となつたものであり、野菜や果実のパルプ(滓)を原料として焼菓子を作るに際し、プルランを含有させて変形を防止することを目的とする引用例記載の発明とは全く技術レベルの異なる発明であり、引用例に開示された技術では到底その効果を上げることはできなかつたものである。

したがつて、本願発明は、目的、構成、作用効果において引用例記載の発明とは顕著に相違しているのであり、引用例記載の発明から本願発明を想到することは容易ではない。

2  よつて、本願発明は引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたとする審決の判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告の主張する違法はない。

1  原告は、引用例記載の発明の目的は本願発明の目的とは異なる旨主張する。

しかし、引用例記載の発明は、プルランを含有させることによつてではあるが、後述する意味における野菜又は果実のパルブの粉砕物を原料として野菜又は果実の風味、栄養のある焼菓子を作ることを目的とするものであるから、野菜又は果実の粉を原料として野菜又は果実の風味、栄養のある煎餅を作る本願発明と目的において相違するものではない。

また、原告は、引用例に記載された野菜又は果実のパルプとは、ジュース等を搾り取つたあとの滓であり、薄皮、甘皮、野菜芯、果実芯のような廃棄物である旨主張する。

しかし、引用例に記載された野菜又は果実のパルプとは、野菜又は果実を粉砕しどろどろの状態にしたもので、ミカンの場合には、搾汁時に得られるパルプ質を指すものであつて、廃棄物ではない。このことは、乙第一号証ないし第三号証の各一ないし三で用いられている「パルプ」の語の意味するところから明らかである。

したがつてまた、審決が野菜又は果実のパルプの粉砕物を「程度の差はあれ野菜又は果実本体の風味、栄養等を有する食品素材である。」と認定したことに誤りはない。

なお、原告は、本願発明は、従来煎餅の原料としては不適当として使用されていなかつた、野菜又は果実そのものを構成素材としたものである旨主張するが、乙第四号証の一ないし三、第五号証及び第六号証から明らかなとおり、焼菓子に野菜又は果実の風味や栄養を付与する目的で、野菜又は果実の加工品(粉末を含む。)を副原料として使用することは極めて一般的に行われていたことであり、原告の主張は理由がない。

更に、原告は、本願発明の効果につき、野菜又は果実自体を瞬間冷凍、乾燥させ、砕いて粉末とする為、水分の含有の多少に左右されることなく穀物粉と混入・煉成することが可能であり、野菜又は果実の本来の風味を損なうことのない煎餅を提供できるという優れた効果がある旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明に用いられる野菜又は果実等の粉は、原告主張のような特定の粉末化処理により得られるものに限定されるものではない。したがつて、原告の主張は、本願発明の要旨に基づかないものである。

因みに、乙第七号証の示すとおり、果実又は野菜の乾燥には各種の方法が存在し、原告の主張する冷凍乾燥はむしろ特殊の乾燥方法である。

2  以上のとおり、引用例記載の発明から本願発明を発明することは容易ではないとする原告の主張はいずれの点においても理由がなく、審決の判断に誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、引用例の記載内容、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点についての審決の認定については当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  成立に争いのない甲第二号証(特許願書並びに添付の明細書及び図面)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は以下のようなものであると認めることができる。

1  技術的課題(目的)

煎餅に野菜や果実の風味を付けることは、野菜嫌いの子供にお菓子を与えて、野菜の風味に慣れさせ、これに親しむことにより野菜に対する嫌悪感を除去する等々の効果が期待できる。また、野菜や果実をそのまま風味の高い煎餅等の菓子に加工してお茶うけとすることが考えられる。

従来より存在する野菜入りの煎餅は、野菜や果実を薄切りにして煎餅の表面に焼き込んだ形式である。

しかし、別紙図面第3図に示すとおり、従来の野菜の薄切り入り煎餅50は、野菜の薄切り52が煎餅54の表面に焼き込まれているだけであり、焼き上がりの後に薄切り野菜の中に残存していた水分が煎餅の接触部分56に出てきて野菜の周囲の煎餅を湿気らせるので、煎餅の大切な風味が損なわれていた。煎餅の湿気を避けるために野菜の薄切りを十分乾燥させて水分を除去することや、最初から乾燥野菜を薄切りにすることも考えられるが、野菜は乾燥すると形状が変形する上に、色彩も変化するので、商品価値が著しく低下し、あまり実用的でない。また、水分を残さないような極端な薄切りでは野菜の風味が失われてしまつて形骸だけが存在する結果となる等の問題があつた。

本願発明は、従来技術の欠点を除去し、煎餅の風味を損なわずに野菜の風味を加味した新規な野菜・果実入り煎餅を提供することにある(明細書第二頁第九行ないし第四頁第九行)。

2  構成

本願発明は前項の技術的課題(目的)を達成するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲(1))を採用した(同第一頁第五行ないし第七行)。

別紙図面第1図は本願発明に係る野菜・果実入り煎餅10(実施例)の斜視図である。

3  作用効果

前記の構成により、本願発明に係る野菜・果実入り煎餅は、湿気ることがなく、野菜や果実自体を粉末加工して煎餅の形にして食べることができ、かつ、煎餅に野菜や果実の風味を充分に出すことが可能であり、また、野菜が野菜とわかる形で入つている訳ではないので、野菜嫌いな人にも菓子を食べながら無理なく野菜を摂取させることが可能となる(同第七頁下から第三行ないし第八頁第五行)。

二1  原告の主張する審決の取消事由は、引用例に記載された「野菜パルプ、果実パルプ」は、野菜、果実の搾り滓であり、それ自身は野菜や果実の風味、栄養を持たないものであり、引用例には、そのような野菜又は果実の搾り滓を原料としてプルランを含有させて焼菓子を作ることが開示されているにすぎないのであるから、引用例記載の発明は、野菜又は果実自体を瞬間冷凍、乾燥させて粉末にし、これを主原料に混ぜて煎餅を作るという本願発明とは目的、構成及び効果の点で相違しており、引用例記載の発明から本願発明を発明することは容易ではないというにあると認められる。

2  そこで、引用例記載の発明について検討する。

成立について争いのない甲第三号証(引用例)によれば、次の事実を認めることができる。

引用例記載の発明は、名称を「焼菓子の変形防止方法」とし、その特許請求の範囲を「焼菓子原料に対し、〇・一ないし二〇%(固形物重量)のプルランを含有せしめて調整した生地を所定の形状に形成して焼き上げることを特徴とした焼菓子の変形防止法」とする発明である(同第一欄初行、第一三行ないし第一六行)。

発明の詳細な説明の欄には、審決認定の各記載があるが(これは当事者間に争いがない。)、これによれば、野菜又は果実のパルプの粉砕物は、焼菓子の主原料として用いられるものであり、穀物の粉に混入させて煉り合わされるとは記載されていない。

しかし、前記当事者間に争いのない発明の詳細な説明の欄の記載によれば、野菜又は果実のパルプ(その意味は後に検討する。)の粉砕物を主原料として単独で生地を作るだけではなく、列挙されている他の素材の粉砕物を適宜配合して生地を作ることができるものとされており、また、配合する素材はそこに列挙されているものに限定する趣旨でないことは明らかであるから、従来から一般的に主原料として用いられてきたとする小麦粉、米粉(同第一欄末行)などの穀物の粉と煉り合わせて生地を作ることも開示されているとみることができる(なお、本願発明と引用例記載の発明とは「野菜又は果実原料を加工して得られる食品素材と穀物の粉とを煉り合わせ、外形を成形して焼き加工してなる煎餅である点で一致する」(審決第三頁第一四行ないし第一七行)との審決の認定は、当事者間に争いがない。)。

次に、引用例記載の発明における野菜又は果実のパルプの意味について検討する。

成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、編集主幹川本茂雄「英和辞典」(株式会社講談社昭和五四年三月一〇日発行)の一〇三七頁右欄の「PulP」の項には、「一 果肉:柔らかい固まり、二 パルプ《製紙原料》:(パルプのように)どろどろとしたもの、」と記載されていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、桜井芳人外共編「果実・蔬菜の加工・貯蔵ハンドブツク」(株式会社養賢堂一九六八年発行)には、「ネクター(Nectar)とはパルプ(微細化された果肉)を含んだ果汁に糖液を混入したもので各種の果実でつくられる」(第五一一頁第九行、第一〇行)、「果実を破砕後、蒸煮して五ガロン缶などにパルプとして密封貯蔵することが考えられる」(第五二六頁第二行、第三行)、「トマトパルプ 完熟トマトを破砕してそのまま濃縮したものを、法定タール系色素、糖類、その他の調味料を加えないで、容器に密封殺菌したものである」(第六八一頁第八行ないし第一〇行)と記載されていることが認められる。

更に、成立に争いのない乙第三号証の一ないし三によれば、尾崎準一編「農産食品加工法」(朝倉書店昭和二五年四月一五日発行)には、「製造法水洗後果実を二分して芯を除き更に細刻して水を加えて加熱して煮濃す。これを裏濾(トマトーパルパー使用)してパルプを製る。」(第三〇八頁第一三行、第一四行)、「良く水洗した甘藷を馬鈴薯澱粉用位の荒目の卸金で卸し、其の卸した藷のパルプに塩酸を加え」(第三二九頁第九行、第一〇)と記載されていることが認められる。

以上の記載によれば、野菜又は果実のパルプとは、野菜又は果実を破砕してどろどろとした状態のものを意味し、原告の主張するように野菜又は果実の搾り滓ではなく、野菜自体又は果肉を含んだものである。

なお、前記乙第二号証の一ないし三によれば、前記「果実・蔬菜の加工・貯蔵ハンドブツク」には、「温州ミカン、ナツミカンなどの果汁製造において搾汁の際に得られる内果皮(アルベド)、じようのう、さのうなどの副産物であるパルプ質が用いられる」(第五二四頁下から第四行ないし第二行)との記載があることが認められ、ここにいうパルプとは搾汁後の滓の意味に使われていることが認められるが、この記載のみから、これがパルプの主な意味、あるいは一般的な意味であるとまで認めることはできない。

そして、引用例記載の発明において、野菜又は果実のパルプが野菜又は果実を粉砕してどろどろとした状態のものを排除し、搾汁後の滓の意味にのみ解さなければならない理由も見出せない。

引用例記載の発明において、原料として野菜又は果実のパルプの粉砕物を用いるのは、焼菓子に野菜又は果実の風味、栄養を付与することにその目的があることはその技術内容に照らし自明のことであるが、野菜又は果実の風味、栄養を付与するためには、野菜又は果実の搾り滓よりも野菜又は果実自体の方がよくその目的に適うものであり、引用例記載の発明がこれを排除しているとは考えられない。

野菜又は果実のパルプの意味を野菜又は果実を粉砕してどろどろした状態のものとすると、それは水分を多く含んだものであるが、適宜乾燥させるなどして水分を減少させれば、実用に供し得ることは自明である。

このことは、前掲甲第三号証によれば、引用例には、野菜又は果実のパルプと並んで挙げられているとうふ粕(おから)を主原料としてプルランを含有させて製造したクツキーの変形防止効果を測定した実験例において、「おからは水分約八〇%のおからを予め水分六〇%に乾燥したものを原料として使用した」(同第五欄第一五行、第一六行)と記載されており、原料の水分は焼菓子を作るに適するよう適宜調節するものであることが開示されていることが認められることからも明らかである。

以上のことからすると、引用例には、右の意味における野菜又は果実のパルプの粉砕物と穀物の粉等他の食物等の粉砕物とを煉り合わせ、プルランを含有させて生地の成形加工を容易にし、野菜又は果実の風味、栄養のある焼菓子を作ることが開示されていると認めることができる。

したがつて、また、引用例記載の発明と本願発明とは、同一の技術分野に属する発明であることは勿論、ともに野菜又は果実の風味、栄養のある焼菓子を作るという点で同一の目的を有するものということができる。

3  煎餅原料に各種食品材料の粉砕物を配合してそれらの有する風味、栄養等を煎餅に付与することが周知であること(審決第三頁末行ないし第四頁第四行)自体は原告も明らかに争わないし、前掲甲第二号証によれば、本願明細書にも「煎餅の原料となる各種の穀物等の材料に、味付け手段として他の材料を粉状または粒状に変形して煉り込んで製菓加工する事が盛んに行われている。」(同第三頁下から第四行ないし末行)と記載されていることが認められる。

そして、引用例記載の発明における野菜又は果実のパルプの意味が前記のようなものであるとすると、引用例記載の発明における野菜又は果実のパルプの粉砕物も本願発明の野菜又は果実の粉もともに焼菓子に風味、栄養を与えるために焼菓子の生地に混入させる食品素材として共通するものであり、その使用の目的、効果において特別の相違はない。

したがつて、穀物の粉等に野菜又は果実のパルプの粉砕物を混入させて野菜又は果実の風味、栄養のある焼菓子を作ることが開示されている引用例記載の発明において、野菜又は果実のパルプの粉砕物に代えて、野菜又は果実の粉を混入することは、当業者が容易に想到することができたものというべきであり、それを困難であるとする事由は何ら見当たらない。

原告は、本願発明のように野菜又は果実の粉を生地に混入して煎餅をつくることは、瞬間冷凍乾燥により野菜又は果実の粉を作るという技術があつて初めて可能であるとして、引用例記載の発明から本願発明を想到することは容易ではないと主張する。

しかし、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、本願発明における野菜又は果実の粉が原告主張の瞬間冷凍、乾燥の方法によつて作られるということは何ら記載されていないのみならず、「野菜・果実等を粉末にする工程として、野菜・果実等をまず粉末加工し、その粉末を乾燥させる方式と、最初に野菜や果実をそのまま乾燥させ、それを粉末器で粉末にする工程が考えられるが、この発明(「考案」とあるのは「発明」の誤記であると認める。)に使用される粉は、どちらの工程で製粉されたものであつても良い。」(第六頁第三行ないし第八行)と記載されていることが認められるが、これは、本願発明に用いる野菜又は果実の粉の製造の手順を問わないとともに、乾燥、粉末化の方法も何ら問うものではないという趣旨に解せるものである。

そして、成立に争いのない乙第七号証の一ないし三によれば、木村進総編集「乾燥食品辞典」(朝倉書店一九八四年三月一日発行)には、「乾燥リンゴの大部分は天日乾燥、熱風乾燥によつて製造されており、一部の特殊な商品に真空乾燥、冷凍乾燥されたものがある」(三一六頁第二行、第三行)、「熱風乾燥品から粉末リンゴを製造する場合は、六〇℃程度の熱風で水分四%以下まで再乾燥し、粉砕して製品化する」(同頁第二三行、第二四行)、「乾燥野菜は古くから乾燥食品の分野で重要な地位を占めてきた。(中略)こうした伝統的な乾燥野菜は、昔ながらの天日乾燥で生産されるものが大部分である。一方人工乾燥される乾燥野菜は主として加工食品素材として利用されてきている。」(第三一九頁第二行ないし第七行)、「トウガラシを乾燥粉末化し、これに黒ゴマ、サンシヨウ、ケシの実、アサの実、陳皮、青海苔、ナタネ、ニツケイなどを混合したものが七色とうがらしまたは七味とうがらしと呼ばれるものである。」(第三二四頁第四行ないし第六行)等が記載されていることが認められ、これによれば、野菜又は果実を乾燥させ、更には粉末にすること、その乾燥方法には種々の方法があることは本件出願当時周知のことであると認められる。

したがつて、本願発明の野菜又は果実の粉を瞬間冷凍、乾燥の方法により粉末化されたものに限定し、もつて本願発明を想到することの困難性をいう原告の主張は、本願発明の要旨に基づかないものであり、失当である。

4  また、原告は、本願発明は野菜又は果実自体を瞬間冷凍、乾燥させて砕いて粉末とするため、水分の含有の多少に左右されることなく、穀物粉と混入、煉成して野菜又は果実本来の風味を損なうことのない煎餅を提供することができるという優れた効果があるとして、本願発明の効果の顕著性を主張するが、瞬間冷凍、乾燥による粉末化という部分は本願発明の要旨に基づかないものであること前述のとおりであり、原告の右の主張も失当である。

三  以上のとおり、本願発明は引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたというべきであり、これと同旨の審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面

〈省略〉

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